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2009.06.04 Thursday

『JUMON(反転)/便所の落書き屋さん』OUTRO企画(公演後のお楽しみ)


[MENU]◆登場人物相関図(図?)図にはなってないかもしれないけど、登場人物および俳優紹介。◆恒例のハセガワアユムによるセルフライナーノーツ。『呪文を信じ続けるかい?』『便所の壁に落書きをしてしか生きて来れなかったのは人たちとは、あなたたちことだ』◆舞台写真多数公開オープニングパーティー風景(撮影・石澤知絵子)◆劇評、レビュー、感想、アンケートなどピックアップして転載。◆出演者の今後の公演情報。◆戯曲シナリオの販売など......etc.と盛りだくさんの内容になっております。

そして6月4日未明より、演劇ポータルサイトCoRich!の感想コメントが並ぶ『観て来た!』のコーナーにハセガワアユム自らが全レス開始。作者自らが乗り出す、史上初とも言える全レス行動。"とりたいのはコミュニケーション"とのこと。よければ御感想などお気軽に御投稿ください。またアンケートフォームでもお待ちしております。前回の『死んだ赤鬼』の大きな反響が今回の『便所』をもたらし、前回のアンケートの"MUに出て欲しい俳優"欄に「小林タクシー」と書かれたことで、本公演にて名バイブレーヤーとして大きく活躍してくれることになりました。全部繋がってます。どうぞ御贔屓に。


「定番」と「挑戦」の両A面短篇公演、再び!-『JUMON(反転)/便所の落書き屋さん』(5/26-31)連日満員御礼で終了-
公演情報TOP →MU-web →twitter(数時間ごとにつぶやき更新) →MUの裏側
 
■小林タクシーくんによる「ハセガワアユム論」が照れるけど面白いです。
■取り急ぎ「出演者の今後の公演情報」とオープニングパーティーの写真はこちらです↓

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2008.12.09 Tuesday

赤鬼は戦争に行って来て死んだ。


■MU恒例のOUTRO企画・準備中。余韻はまだまだ続きます。面白いテキストのアンケートやレビューを発表。舞台写真・動画、オープニングパーティーの動画、打ち上げでの「誰が一番ベレー帽が似合うか選手権」の動画も更新予定。乞うご期待。まだまだ続きます!

→写真は福原冠のblog『カルベの声は届かない 』から拝借。題字は幹雄・高崎役で好演の永山智啓のblog『靴を脱げ』から拝借。どちらもgood text!

→blog飛び火報告。<1>歴史アイドルの人気沸騰中の美甘子ちゃんのblogでも掲載。(可愛くてハセガワが素でファン)<2>SPA!の連載でおなじみのフェルディナントヤマグチさんの恋の利回りblogでも掲載。感謝!(SPA!はハセガワの素の愛読書です・笑)

→オープニングパーティーのようなパーティーをやります!『IVORY.8』(12.14夕方から、ハセガワアユムと福原冠が渋谷でDJします)気軽に呑んだり話したりしましょう。
→MU、09年の次回公演WSオーディションは第一次〆切が12月12日です!

→オーディション、沢山の御応募ありがとうございます!第一次〆切の方はは書類などお預かりしました。人数の多さから、08年1月開催になりそうですので、まだまだ書類受け付けております。お早めに御送り下さい。

公演会場で戯曲シナリオを購入された方へ。
ただいま校正中でございます。発送は月末を予定しております。もう少々お待ち下さい。MU-SHOPでも近日販売開始です(MU初のDVDも!?)(12/14追記)

タフな短編を引っ提げてギャラリーで - 死んだ赤鬼/戦争に行って来た(反転)-(11/25-30)満員御礼で終了!
公演情報TOP →MU-web →MU-blog 演劇"口コミ"サイトCoRich!登録中。「観た!」が盛り上がってます。

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2008.02.20 Wednesday

『愛の続き』セルフライナーノーツ

『愛の続き』セルフライナーノーツ(『愛の続き/その他短編Aバージョン』より)
all text hasegawaayumu photo:ishizawa chieko(リンクフリー・禁無断転載)


■愛の為に幻になった没原稿たち(『愛の続き』のヴァーチャルについての解説・フックについて)

<ヴァーチャル彼氏>ってのがひとつのキーワードになってるんだけど、チラシでも結構フックとして有効的だと思って掲載してるんだけど、『愛の続き』って少女漫画以外に二つの方向があった。ひとつは<ヴァーチャル>をメインにした疑似彼氏について延々とトリップしてゆくような、漫画→現実→漫画ってスパイラルになってゆくような展開。(演劇界で)判り易くいうと『トランス』みたいなああいう展開。でもあれって今の時代でやると「逃げ」に見えるから無しにした。そういう心理的なものでギミックしていくのはもういい。それともうひとつは結構<ヴァイオレンス>な方向。後半、ストーカーが出て来るんだけどそれも決定稿とはかなり違い凶暴で、読み返すと暴力で愛を誤魔化そうとしたんだよね。それもちょっと違うってなって削除。それで結局残ったのが<少女漫画>だった。西山さんに第一稿から三稿くらいまで目を通してもらってああでもないこうでもないって、相談に乗ってもらってやっと見えて来た。だから松田が佐倉に再開する冒頭で本当は彼女を「殴るつもりで来た」という設定と、憲司がもし本当に佐倉を殴った場合、止めてもらうために「見張りに来た」って設定もカットしました。元カノと談笑しつつ、実は腹の底で殴ろうとしてたってのは、かなりフックはあるんだけどフックだけだなって。それからもう一直線に書き上げた気がする。もう演劇的に小難しいということよりも、多少ベタでもテレビドラマっぽくなろうと、これは少女漫画なんだという意志で<恋愛>に重点を置きました。本当はヤンキー漫画が好きな西山さんから少女漫画のアドバイスをもらい(笑)本当に感謝してます。」

「<ヴァーチャル>って単語でそちらに期待しすぎちゃった人も居たみたいだけど、そんな理由でそちらは掘ってません。考えないでやってる訳じゃなくて全部意図的なの(笑)あのーフックはフックとして機能させて、微妙なズレを楽しんでもらおうって意図もあります。あらすじと本編が「若干違う」、小説の帯のコピーと本編が「若干違う」、このズレってのは僕は楽しめるし、むしろワクワクするんですがみなさんはいかがでしょうか?どんな作品もその溝というか深淵にも味があると僕は感じてます。」



■結局、ストーカーって言う変質的に「続ける」って意志だけ頂いて、あとは無視(笑)。突き詰めると男性の書く歪だけど正直な少女漫画が描きたかった。(原作『愛の続き』について)


「スーパーカーってバンドの作詞を担当してた、いしわたり淳二氏が、作詞の参考に本屋で本のタイトルだけをバーッと見る。ってのを何年か前にエッセイで読んでて、確かにタイトルは作品の顔だし無駄がないよね、って自分も似たようなこと図書館でやってるんですけど。これはそんな中、見つけたのがこの本でした。(参考リンク『愛の続き』)イアン・マキューアンってのはイギリスで尖ってる作家で、最近も9・11をイギリスに置き換えた小説を書いてたりするんだけど。この小説は映画化(タイトルは『Jの悲劇』)もしてます。内容はほぼ一緒なんだけど、ストーカーに追いかけ回されまくってて「なんで警察に通報しないの?」の一言に尽きる作品(笑)。気球の事故で助けられなかった贖罪の意識とか、モチーフで取り入れようとはしたんだけど要素が多過ぎて。結局、『愛の続き』ってタイトル通り執拗に続けようとしてたのは、そのストーカーだけだったんだよね。だからストーカーって設定と、恋愛の未練でも、漫画の連載でもなんでも「続ける」って意志だけモチーフで頂いて後は無視(笑)もう超訳って言っていいのか判らないレベルで。タイトルだけお借りしましたって感じです。映画化されてもタイトル変えられちゃうくらいだから、MUの方がしっくりくるとはおもいますけどね。」

「突き詰めると、恥ずかしいセリフをストレートに出す為の濾過装置として、少女漫画や原作という縛りが機能して欲しかったんだろうなって思います。男性の書く歪だけど正直な恋愛が丸出しの少女漫画が描きたかった。個人的に南Q太やジョージ朝倉のあっけらかんとしたのが好きです。」




■「江ノ島に行けば二人は必ず仲直りする」という魔法のエピソードについて


「QUICKJAPANっていうサブカル雑誌でライターの方が曽我部恵一の『blue』というアルバムのレビューに江ノ島のことを書いてて。それを読んでたら、もう自分の過去の恋愛における江ノ島の価値観とドンピシャだったんですよ(笑)。恐いくらい。「喧嘩しても、江ノ島に行くといつの間にか仲直りしてた」っていう。僕の場合、江ノ島に行ってもまだ喧嘩したりしてましたけど、拝借致しました。あの東京の一番身近な海には、車を持たない若者が行けるロマンスがあるというか、まさにロマンスカーに乗って行くんだけど(親父ギャグ)あの一旦新宿出て満員電車で帰る人たちを横目にビール飲んで、駅弁嗜みながら値段の割には感じれるVIP感を満喫してね、夜の江ノ島に行って、花火して泊まったり。帰りに江ノ電で鎌倉行ったり。オススメです。ちなみに開演する時に流れる曲はサニーデイ・サービスの『江ノ島』という曲です。気づく人は気づいたよね?ちゃんと1分くらいサビまで聞いてもらってから暗転するから親切でしょ。気づいた人は見終わった後でニヤニヤして欲しくて。劇中でも松田が借りてたCDを返すと「懐かしい、サニーデイ・サービス」って勝手に廃盤にしてるんだけど(笑)、なんというか、過去の恋愛の象徴というか。サニーデイ・サービスっていまだに根強いファンが居たり、渋谷系の最終バンドというか、ただのおしゃれバンドってイメージで止まってる人が多くて。それらに対する小さな引導でもあるんだよね。あれは過去だよって。だから変に「サニーデイ・サービス最高でMUはシャレオツ系狙ってる」とか勘ぐりされると、違うよ〜、全然違うよ〜って、逆!逆!引導だから!!って感じ。断然いまの曽我部恵一のソロの方が好きだし。あれは過去のものだから、過去の恋愛だから、現実は「今」なんだよってそういうメッセージもある。これが架空のバンドとかだと違う気するんだよね。演劇とかもヒップホップと同じように実名を出して勝負して行くって時代にいかないと。サニーデイ・サービスって記号を出す事を恐れない。だから、いちいち反応してる人みると、面白いよ。すごく。大袈裟だなあって。」

女の子がパントマイムで雑誌とか読んでると意味ねえなって思う。それよりその子がどの雑誌を読んでるかの方が説得力があると思うんだよね。細部にも神は宿るというか。『nonnno』と『IN RED』じゃ違うでしょ。ってこと。試されることを避けてる気がする、観客が。俺が若い頃って渋谷系が全盛期だったんだけど、もう出るアルバム出るアルバム、どの洋楽が元ネタかって答えあわせだからね(笑)。それをパクリって一言で片付けるのはすごい虚しくて。無知を恥じて勉強したもん。いい勉強になったよ。元ネタ知ってても全然きにならないくらい、スピリッツがあったし。

■表題作は毎回、挑戦。『恋空』に文句あるならお前らちゃんと戦えよ、って警告。

「『恋空』って知ってますか?いわゆる「スィーツ(笑)」と揶揄されるケータイ小説がいま猛威を振るってるんですけど、これって『世界の中心で愛を叫ぶ』が波紋を呼んだのと似ていて、癌とか難病とかでみんな泣くのなんて当たり前だって、当時はみんながキレた。表現者のひとたちも沢山ふざけんなっていってたのね。でもさ、辺り見回すと結局お前ら戦いに行ってねえじゃんって思った。じゃあ、闘病もの書いてみたの?って。唯一戦って勝利を収めてたのは、舞城王太郎くらいしか居なかったもん。「便乗」と「戦い」は違うからね。『恋空』は本当に糞だけど、これに文句言うんだったら、半径5メートルのつまんないくっだらねー恋愛とか畳四畳半の染みったれた恋愛書いてる暇あるなら『恋空』に戦いに行けって思って、書きました。劇作家がいかにマイブーム中心で書き続けていられるかっていう、時代に対しての鈍感さへの苛立でもあるんだよね。渋谷の街歩いてればあのポスターや宣伝が厭でも目に入って来る(下記参照)、小説の企画進めれば、編集者に「ケータイ小説っぽいの書けませんか?」って言われる。よほど鈍感じゃないと、無視出来ないってあんなの。だから俺の中で「今」あえて少女漫画を書くってのは『恋空』へのアンサーでもあり、演劇界への警告。『恋空』の映画観てないけど。

「表題作は毎回、挑戦作なんですよ。前回の『きみは死んでいる』の時もそうだし。あれもゾンビものって皮を被った、どこにも行けない恋愛とか魂とか、天国とか観念の話なんだけど。今回も少女漫画の皮を被った、なんていうか恋愛のぶっちゃけたみっともなさを身も蓋もなくという感じです。観客受けで言ったらね、前回もそうだけどカップリングの方がキャッチーだったりするわけですよ。でもね、阿佐ヶ谷スパイダースの長塚圭史氏が得意な現代劇ばかり描けばいいのに、『みつばち』とか時代劇ものに挑戦したりするよね。ああいう姿勢が劇作家や演出家には常に必要だと思ってる。毎回、同じティストで同じメニューが並んでる定食屋みたいな劇団も、それはそれで大事なんだけど、MUはピンユニットだし、ガンガン攻めて行きたいなって表明です。」




■笑いを武器にしてる劇団や俳優の真面目な顔が見たい。(キャスティングについて)


「sugiurumn(スギウラム)っていう最高のハウスDJのアルバム『What time is summer of love?』(2007)で、90年代前半(Second Summer Of Loveの時期)に活躍したUKロックのスターたちをヴォーカルに召還して一足早く総括しちゃったんだよね。日本人なのに(笑)「彼が今まであこがれた彼自身のヒーローに参加を要請」って、これってすごいことで。だって、一曲目がいきなりAlan Mcgee(アランマッギー)だよ。なんかそういう影響を受けたアーティストに対して、自分がステップアップしたことでフィーチャーしてゲストに呼ぶって姿勢がすごいカッコよかった。痺れて死にそうになった。その男気の影響というか、自分もMUを立ち上げて前作(『きみは死んでいる』)の感触が本当に手応えがあって、拙者ムニエルの寺部さんとかくろいぬパレードとか動物電気とか、そういうぼくが90年代末から00年代初めに影響を受けた劇団・そして俳優へのリスペクトを全開にしてキャスティングしました。そして裏コンセプトもあって、お笑い系の劇団からの客演が多いのですが、そいういう普段お笑いを武器にしている人の真面目な顔が見たかった。きっと彼らもどこかでシリアスなシーンに対して欲望というか待望も秘めているはずだと、勝手に深読みしてる部分もあるんですが(笑)でも、本当に「あなたが見せた事無くて僕も見たこと無いけど知ってる素敵な顔が見たい」とオファーの時によく口にしました。その答えは舞台写真を見ても十分伝わると思います。寺部さんの女々しく泣いて本気で告白する顔、松下くんが自殺しようと鼻血垂らして爆弾を見つめる顔、根津さんのあひるんちゃらのときに見え隠れしていた虚無を全面に出す瞬間、他に書ききれないくらい「出会えた」って顔がありました。終演後にメールで御礼を伝えてたら、松下君からメールで今回の裏コンセプトは「成功なんじゃないですかね!」との返信。思わずガッツポーズした瞬間でもありました。」




次回は『JUMON』のセルフライナーノーツを更新します。お楽しみに。


ただいま『週刊・プライベートは日の丸』を更新中です。
http://au108.exblog.jp/
『愛の続き/その他短編』OUTRO企画TOP(公演後のレビューや写真など)

→CAST紹介一覧(冬の14人)
→http://www.mu-web.net/
■短編集の戯曲(台本)を近日発売予定。併せて上演を希望される団体(劇団、学生問わず)はお気軽にお問い合わせ下さい。
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2008.02.20 Wednesday

お待たせしております

NOOOOOOOOOO!
なんとOUTRO企画のセルフライナーノーツ、膨大な量になっておりまして、一気に全て公開ではなくて、短編事に一部ずつ公開になります。今週末まずは『愛の続き』からになります(お待たせしてすみません)↓前回の予告がハード過ぎだよね(笑)

他にも近日、松下幸史くんの乱雑天国(平間美貴も出演)と、福原冠の国道五十八号戦線(3WD改め)、07年夏に出演してもらった小松君和君出演する箱庭円舞曲が今週末からあります!よければ是非。

ただいま『週刊・プライベートは日の丸』を更新中です。
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『愛の続き/その他短編』OUTRO企画TOP(公演後のレビューや写真など)


取り急ぎ↓が怒濤の『愛の続き』出演者の次回公演情報です。

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2008.02.09 Saturday

次回予告



ただいま『週刊・プライベートは日の丸』を更新中です。
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『愛の続き/その他短編』OUTRO企画TOP(公演後のレビューや写真など)
2008.02.08 Friday

舞台写真更新しました

舞台写真更新しました。
http://stage.corich.jp/troupe_photo_list.php?troupe_id=380

近日中にyoutubeにてダイジェスト動画を更新します。
週末にゲストと、本当のアフタートークを収録してセルフライナーノーツも更新します。
戯曲シナリオはDIYで刷っておりまして二月中旬頃、通信販売開始&予約頂いた方にはお届けになります。

ハセガワアユムの近況blog『週刊・プライベートは日の丸』は地味に更新しております。よければこちらもどうぞ。
http://au108.exblog.jp/

アンケートフォーム一新しました!御意見・御感想・御質問お待ちしております!「どの登場人物を身近に感じたか」など書き易い心理テスト的側面を含め、ぜひお気軽にどうぞ。

CAST紹介、完全版に補完しました!芸能プロダクション、事務所関連の方、もし気になる俳優がいましたら、こちらMU制作までコンタクトをお待ちしております。所属事務所を探している俳優もおりますので、ぜひよろしくお願いします。


text hasegawaayumu
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→『愛の続き/その他短編』公演情報TOP
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→CAST紹介一覧(冬の14人)
2008.01.30 Wednesday

MU『愛の続き/その他短編』レビュー総合リンク



レビュアーの方、そしてアンケートからの転載、戴いた感想メール、webで見つけた素敵なテキストなどから抜粋・転載・リンクなど、『愛の続き/その他短編』の批評感想レビュー総合リンクページになります。随時更新。

他にも公演の御意見・御感想などはアンケートフォームか、こちらの↓コメント欄にBBSとしてお書き下さい。

『愛の続き/その他短編』の批評感想レビュー総合リンク


◆MU「愛の続き/その他短編」
 気になるセリフが突き刺さる 信じている言葉本来の魔法
 木俣冬(文筆自由労働者)


演劇批評・レビューサイト『wonderland』より一部転載

「他者と話している時、なにげない瞬間にふと漏らした一言こそが大事だったりする。ハセガワアユム氏が意識的なのかたまたまなのかはわからないが、2本の短編で、気になるセリフが一言ずつあった。「苦ぇ…」と「喪服みたいですね」。その瞬間、物語ははじまった。(あくまで私の中でだけど。)」

「舞台面は五角形。舞台の奥の壁は、中央は本棚。その両脇は出入りできるドア。『愛の続き(の続き)』では、テーブルが置かれ、喫茶店と主人公のマンションに変化する。『5分だけあげる』では上手に黒板が現れ、教室になる。あと、主人公の保護者が集うファーストフード店にも。装置も照明もアンバー系が基調になっている。

 『愛の続き?』は、元カレ・佐倉のことをまだ忘れられない元カノ・松田が、元カレの悩み相談に乗っているところからはじまる。佐倉は人気漫画家でストーカーのようなファンの執拗なファンレターに困惑している。松田は相談の続きを家でやろうと言われついついついていく。そのマンションは今の彼女・田中と一緒に暮らしている場所だが、その日彼女は留守なのだという。好きな漫画に異常な思い入れを抱くファン兄弟と、揉めている田中と佐倉たち、元カレを忘れられない松田、それをみつめる先輩・土橋。それぞれの思いが、バカバカしく、激しく、交錯する。」

「へんなファン兄弟が漫画を書き直せと刃物をもって迫り、絵は田中が描いているから描けない佐倉に代わり、漫画を描こうとする松田。でも絵がヘタ過ぎたために、さらに代わりに漫画を書き出す土橋。メカ専門のアシスタントだから、漫画の主人公をロボットにして描く。クライマックスに登場人物の感情がそれぞれ高まり、グングン温度が上がっていったところに、フッと、できあがったとんでもない展開になった漫画を「おもしろい」と喜ぶファン兄。その緊張の後の弛緩のタイミングが実に気持ちよかった。続きを見たくて包丁を振り回し、土橋に殴られ、気絶(死んでる?)してるファン弟に兄が嬉々として漫画を見せようとしてでも起きないままカットアウトする照明のタイミングも絶妙だった。テクニックって重要だよなと思う。

 物語は、松田の元カレへの断ち切れない思いと平行して、土橋の松田への思いが軸になっている。それは、冒頭、喫茶店で、妙に松田と佐倉に関わっていった揚げ句、コーヒーを一口飲んで「苦ぇ…」とつぶやき出ていくという部分ですべてが描かれている。

 たくさんの登場人物が個性を振りまき、たくさん自分の思いをはき出しているのだが、「苦ぇ…」だけが突き刺さる。この言葉の配置はまるで果てしなく広がる海岸の宝探しみたいだ。」

「さて次の『5分間だけあげる』。小学校の授業参観を目前に、教師・梶浦は、教室に爆弾を仕掛けようと準備している。梶浦は冷えた学校に絶望していたのだ。学校では校内の噂を語り合う裏サイトが存在し、そこでは目を覆うような告発が常に行われていた。副担任の小笠原はそれを嬉々として見ていた。

 運命の日。授業参観は梶浦への当てつけにボイコットされようとしていたが、たった2人の生徒だけが参加する。この街に嫌気がさしている彼らは前日校内で結ばれ、街を出ようと考えていた。女子生徒ミサ役の辻沢綾香氏は、明らかに小学生女子には見えないし、首筋のほくろなどが妙に色っぽすぎるくらいだと思って見ていたら、小学生で処女喪失した役だったので、納得してしまった。

 この小さな恋人たちの問題を巡って保護者達が大騒ぎして、授業参観というか、梶浦の計画が台無しになってしまう。

 この物語も、もっともらしい顔をして日常を生きている大人たちが、実は影で不倫をしているなど、裏がある。クライマックスにはその裏に隠していたものを吐露して教室内と同時に、観客の感情を沸騰させていく。

 梶浦は授業でよく「5分間だけ時間をあげます」と言って生徒に内省を促していたが、その意味を理解する人はいなかったというエピソードに、どんなに言葉を尽くしても意味を成さないと思わせる。梶浦は携帯の告発サイトの情報量にも「本当のことはない」と言う。そのあたりは、よくある物語の構造だと思う。ただ、そのサイトを懸命に見ている何もわかってなさそうなお気楽な小笠原が、これまた『愛の続き?』と同様、冒頭に何気なく梶浦に放った「喪服みたいですね」の一言が的を得ている皮肉。

 で、こちらの幕切れは、残り少なくなった時限爆弾の爆発までに、小笠原(※本田シュートの間違い・MU注釈)を逃がそうとする梶浦の姿。非常に申し訳ないが私の勝手な印象でここの照明はフェイドアウトだったかなという記憶。違ったら本当にすみませんが、心象としてはフェイドアウトだったのだ。それがまた、放課後の定番のドボルザークの『新世界』とか、映画のちょっといいシーンによく使われる『G線上のアリア』みたいに、梶浦の学校とか人生への決別みたいに見えた。

 作家ハセガワアユムは現代ニッポンの言葉を疑っているけれど、言葉の本来の魔法を信じているんじゃないかとこの2本を見て思った。ポエトリー・リーディングみたいな公演だなあ。」

【筆者略歴】
 木俣冬(きまた・ふゆ)
 フリーライター。映画、演劇の二毛作で、パンフレットや関連書籍の企画、
編集、取材などを行う。キネマ旬報社「アクチュール」にて、俳優ルポルター
ジュ「挑戦者たち」連載中。蜷川幸雄と演劇を作るスタッフ、キャストの様子
をドキュメンタリーするサイトNinagawa Studio(ニナガワ・スタジオ)を運
営中。個人ブログ「紙と波」(http://blog.livedoor.jp/kamitonami/
・wonderland寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/index.php?catid=3&subcatid=33


■『playnote』さんより
http://www.playnote.net/archives/000967.html

「『愛の続き(の続き)』と『5分だけあげる』の二作を鑑賞。いずれも西山聡氏がカカかよってくらいに八面六臂の大活躍を見せていたが、さすがにバランスのいい布陣。」

「『5分だけあげる』が出色であった。モンスターペアレントの話にせよ、蕎麦屋の人にせよ、小学生同士の恋にせよ、学校の先生たちにせよ、不倫にせよ、いずれもいくらでも膨らませられそうな物語の萌芽を孕んでいる分、どれも描き足りない印象を受けたが、恐らくそれがファミレス的印象の理由だろう。」

「根津茂尚氏演じる梶浦先生には底の見えぬ漆黒を感じて実に心地よかった。終演後、根津さんに「いい役だった、中身が知りたい」と言うと、「俺に聞くのが間違いだよ、果たしてきちんとわかっているのかどうか」と謙遜めいたことを言っていたが、野暮なことを聞く覚悟ででも主宰のハセガワアユム氏にあれこれ突っ込んでみたら面白かったかもしれない。ある意味では主役である梶浦先生も十全確実な読解ができるほど描き込まれていないのだが、それが却って想像力を掻き立てる。他のキャラクターが世のカリカチュア的な役割を担っている以上、どこかで見たような印象や特徴を持っていることはむしろ肯定的に捉えた方がいいのだろうが、梶浦先生はぶっちぎりユニークで、印象としては地味なのにきちんと物語の中核にいた。彼の心理には興味がそそられる。所詮人間なぞ解釈不可能で矛盾含みのものなのだが、そういう矛盾を内包したキャラクタリゼーションが、ファミレス的パステルポップな世界観の中に点と落ちる作者のそれこそ心の闇を裏書しているようで、そこにしびれる、あこがれる、という感じであった。

二本観ただけで何かを判断するのは早計なのだろうが、ドライな中にロマンのある作風で、かつ笑いや構成の妙など技巧を感じさせるものであった。何か現代を達観しているような様子でありつつ、その実一番未練と浪漫に溺れているような作者像を予感させる。

ややこしいことをいろいろ書いたが、これで2500円なら実にお値打ち。シニカルに見えてロマンチックな作風はいろんな人がいろんな角度から見れるだろうし、役者もいいので、興味がある人はご覧になるといいですよ。」


■『休むに似たり。』(かわひさんによる小劇場中心の週末シアターゴアー)より
http://kawahira.cocolog-nifty.com/fringe/2008/01/mu_7023.html

「「愛の〜」は、別れた二人、近づきたいのに近づきかねる微妙な距離感。たぶんAプロでは、男が未練たらしく忘れられない側になっていて、多分そちらの方が自然な仕上がりだろうと思います。男が未練で、女が今ひとつ元サヤに乗り気でない方が自然に感じられそうで、ってのはアタシがおかしいですかそうですか。男女入れ替えのBバージョンにあたる今作は、ちょっとそのタメに作られたような違和感があります。

同級生たちの狭い範囲で交錯する想い、時間が経つにつれていいだせなくなったり。シンプルで、しかし解決できない個人的な想いに逡巡する感じ。クリエーターな人々ばかりが出てきたりとバランスは良くないけど、それも含め設定といい、オチといい、漫画的でデフォルメされた感じはあって、小さい劇場で短編ゆえに一気に観てしまう感じ。

「5分〜」も、物語というよりは逡巡する作家の気持ちが着地点を求めてさまよっている感じ。小学校での現代版小さな恋のメロディー(いや、ずいぶんと深刻だけど)と、モンスターペアレントに対峙する教師の苦悩。しかし当の両親たちも苦悩を抱える三竦み。

小学生を演じた二人、松下幸史・辻沢綾香が最初こそ出オチだけど、そのうちに小学生っぽく見えてくる魔力でなかなか。気の弱い副担任を演じた浅倉洋介は一本目のヤンキーもどきとの振れ幅も含めて、劇団ではなかなか観られないキャラクタで面白く。」
(一部抜粋)

■脚本家・演出家ブラジリィー・アン・山田(ブラジル)の活動日記blogより
http://ameblo.jp/brazilyamada/entry-10067453268.html

「「5分だけあげる」名作。衝撃的な作品ではないが、全てのピースが巧く、はまっている。ブラジル劇団員、西山聡もリアルでありながら、キャラ立ちした芝居を見せ、頼もしい。あひるなんちゃらの根津さんもいいし、双数姉妹の辻沢さん、おばちゃんキャラの平間さん、ほか、出演していた全ての俳優さんが有機的に機能している。素晴らしいし、若い才能に素直に嫉妬。

■『KINSEN洞』さんより

http://ameblo.jp/kinsen-do/entry-10067057946.html

「当日券で、お尻痛かったけど、完全に面白さのほうが勝ってた。ていうか今年ナンバーワン決定(暫定)!今年まだ4本目だけど。

演者さんが全員良かった。台詞自体も言い方も面白い。後に見たからか「JUMON」の印象が強いです。富士山アネットという劇団に出ていた足利彩さんが良い!アネットは台詞なしで古典やるので、演劇というよりコンテンポラリー・ダンスに近い。そこでもしなやかな肢体を健康的に魅せていたが、格段にこっちでしょ!言い方グッドだぜ!てのが多し。」
 
「キャラクターが面白ければ(個性的ということだけに非ず)ストーリーなんてなくてよい。テーマなんてもってのほかだ!と開き直ってさえいました。が、本日初めて見たMU作品には、台詞、シナリオそのものの面白さ、演者さんの面白さ、そして「愛の続き」には恋愛というテーマでシリアスなドラマがあり、すべて同居させてもどれかに寄りかかることなく、ポップにシュールに時にベタに笑わせることに成功されていることが素晴らしいと思い、テーマも登場人物のキャラクターも話の軸にちゃんと絡んでいけるんだと思いました」

「話の展開、演技のみならず、装置や場面設定も面白かったです。同じ部屋を喫茶店として、その後自宅として使う間に、話に絡めて登場人物が片付ける、とか、壁があることになっているからここは廊下で、部屋にいる役者には見えないんだな、とか。 転換を薄明かりにして俳優がやるのも面白かったです。何か面白いものを見たり聴いたり読んだりしたあと私はたいてい「何かやってやんぞー!!」というポジティブな気持ちになるのですが、本日見たMUが期せずして超おもしろかったので「芝居見るのって楽しい!」と純粋に思え、しばらく鑑賞者でいいかなというか、結局、主宰・作・演出のハセガワアユム氏に嫉妬しているのです。」(一部抜粋)


■『ヒスバナ アラカルト』(香西善行の雑記ドコロ)さんより
http://blog.goo.ne.jp/k-yoshiyuki/e/71c1212a9f8fc2f0ce05cebbd8a83a39

「チラシからポップなモノを想像していたがそんな感じではなく少し残念……でもなかった。「愛の続き」から観はじめ、いきなり説明多過に感じたが主人公が漫画家とわかれば途端に面白くなる。フキダシにはまるセリフ、過剰な行動など実に漫画的感覚で進んでいく。ともすると白けがちだが役者の力も大きく楽しかった。それは「JUMON」のaiko…、あ、アイコ役の平間美貴氏の快演ぶりにも通ずつところ。柱となりワイドショーネタを昇華させていた。

「5分だけあげる」が一番好み。教壇の中にダイナマイトだとか大人になりたいがための性体験だとか、まあ、無くていいけど在っちゃう崩壊さが好き。重いテーマのオンパレードをバカバカしく笑いながら、不安はしっかり蓄積されていくような気分だった。」
(一部抜粋)

■zumomoさんのblogより
http://ameblo.jp/zumomo/entry-10066631540.html

「四作品とも様々な愛が描かれますが、共通している認識は「愛とは捨てる事」としている点です。
この「捨てる事」の解釈は相手を開放してあげる事という意味です。作品「愛の続き」の主人公である女流漫画家は数年前に恋人と別れますが、お互いの愛が成長する事を願って別れています。
また、作品「愛の続き(の続き)」の中では友人のセリフとして「愛とは捨てる事」だとハッキリ言わせていました。作品「JUMON」、「5分だけあげる」に於いては、相手を自由にさせてあげる表現が描かれていました。」
(一部抜粋)


■フライヤーのイラストを描いてくれた女優・山乃花絵さんのblogより

http://hanae.at.webry.info/200801/article_2.html

「恋愛や、んーなんだ生きることにつきまとう、「空しさ」が、この物語たちそのもの、みたいな。作品中の空しさや絶望、その先にカタルシス、ではなくね。このひとたちこんなに足掻いてんのに、観客にそういう面でのカタルシスはさせねえ!ていう作者のサド臭がむんむんと(違ったらどうしよう・笑)。おもしろい。舞台で起こることは、雰囲気は勿論あるけど、あくまで事実(物語の上での)。それ以上でも以下でもないよっていう。クールなの。上手くいえないなあ。だからさー物語自体がさ、空しいんだよ。あ、悪口みたい。そうじゃなくてね。面白いの。こういうことになってたのか。初演出てるときわからなかった・・・あ、あと今回の出演者皆すごい好き。 」

■ヲトメ塾プロデューサー・安元Pさんのmixi日記より


「ハセガワアユム率いるってひとりぼっちだけどMUを観てきました。『愛の続き(の続き)』と『5分だけあげる』を観劇。寺部くんが出てるかと思ったら普通にロビーにいてびっくり。違うプログラムだったのね。ごめんよ。

前作もそうだけど、ジャケ買いしたくなるタイトルがやっぱり好みだった。『5分だけあげる』って何よ!?上から目線!嫌な男!ムキーッ!でも好き。みたいな。少女漫画ど真ん中なツンデレタイトル。ほんとにヒドい話だからダイナマイトでぶっ飛ばしたくなるわ。うん。納得。

少女漫画を書いたらしいハセガワアユムは、やっぱり女の子にヒドい作家であり、演出家だと思う。相変わらず言葉巧みな作家さんだから、ハセガワ節をものにしてる役者さんにバラツキがあったけど、西山さんも素敵だったし(小柄な男好き)、弟役の人もなんとなく素敵だったし、松下君も小型劇団ひとりみたいで良かった。女優さんもみなさんお上手でした。

夜にゴールデン街で山田広野くんと清水くんと飲んでMUの話をしたら、清水くんは面白い感想を言ってた。山田くんは「ああ、今話題のやつですね。」だって。日曜日の昼が狙い目みたいです。後は完売らしい。すごーい!」

■『ミロール』で公式レビューを寄稿してくれたQu'itosさんの日記より

「投げ出されたパズルのピースがギュッと凝縮されて、そこから映し出された絵のどこかに、確かなメッセージを感じていた。かなりラストの切れ味が増していて、心地よかった。50分くらいの作品が2つ。これを短編と呼ぶべきかは正直分からない。ただ、ブレーキをかけずに一気に駆け抜けるその姿勢は、「短い」という言葉が持つ語感にはすごくフィットしているとは思った。 とにかく、今はすごく満足な感触が残る。」

MUは今回もあらすじを事前に公開。いいなあ、この姿勢。ハセガワアユム氏は映画の予告編を例に出していたけど、全くその通りだと思う。ある程度の情報はもらえないと、観に行くか否かの決断が難しいからね(往々にして踏み切れない)。結局大損なんだと思う。現状、ほとんどがフライヤー情報プラスアルファしか観る側に伝わっていないことって。 これは、個人的意見だけれど、あらすじくらいのネタバレ(?)で、つまらなくなるような作品って、もともとつまらないものなはずだよね。ただ、サプライズとしてやったり感にカモフラージュされているだけで。」

「全体を通して、前作『きみは死んでいる』よりも受け入れやすくなっていたと思う。「好き」「嫌い」は分かれるとは思うが、少なくとも「拒否」される感覚はないはず。作品を受け取って、考えて、それで「嫌い」というのは、決してネガティブじゃない。むしろ、そこまでの化学反応を起こせたのなら、創り手側にとっては逆に満足がいくものだろう。

ただ、最終的な鋭さは全く失われていない。前作が鋭利な刃物が前面に出ていたけれど、今作は目に見えないところに引っ込めてあっただけ。第一印象がよりソフトだっただけに、より強く刺さってきたとも思える。」

「2本目の『5分だけあげる』の最初に、「結果じゃないんだ、大事なのは過程だろ」という何気ないシーンがある。(台詞は大意)これは、僕個人としてのベスト。さらっと出てくるあたりが、素晴らしいセンスだった。

この物語は、「感じるよりも考える」というテーマがある。
感じて容易にアンサーを出すよりも、そこまでのプロセスを大事にしたいという現われでもあるし、逆にプロセスをしっかりとしてきたなら、どんな結果でも怖くないと言う裏返しでもある。もちろん、家庭に問題を抱えているという伏線も見え隠れしていたし、これからの自分のばかげた行動を1つの仮定として突き放している面も感じられた。

最後に爆弾を前にした2人が、「死」という結果だけで逃げ出さずに、そのプロセスで必死に考えようとしている姿が印象的だった。 爆弾が本物かどうか、死んでしまうのかどうかはどうでもいい。それより、そこに向かう自分自身と対峙するバカだけどピュアな行為が僕はとても好きだった。」


■まだまだ随時更新していきます!
2008.01.26 Saturday

『愛の続き/その他短編』OUTRO企画



前回公演で「現代の日本人男性と演劇界に足りてないのは後戯だ」と言い張り、好評だったOUTRO企画を今回『愛の続き/その他短編』でも行います!

公演終了→HPもblogも更新お休み、ではなくて、ちょっと緩やかにまだ実は続いてる制作日誌の裏バージョンとして、ゆるく更新したいと思っております。前回よりもパワーアップして御送りする予定です。

近日更新予定、しばしお待ちを。

2007.09.05 Wednesday

セルフライナーノーツ2

『きみは死んでいる/その他短編(Bバージョン)』
セルフライナーノーツ

all text hasegawaayumu phot:ishizawa chieko(リンクフリー・禁無断転載)



■再び『きみは死んでいる』ことについて。(『きみは死んでいる(女×女)』解説)


「Aバージョンでは、作品枠の話をしたので、こちらでは役についてなどを。まずAとBでバージョン違いをやるにあたって、性別のチェンジに伴う演出をいくつか意図的に変えました。A(男×男)はいわゆるストレートな直球で、B(女×女)はアレンジ版というか。AとBは若干「熱く」と「女々しく」の比率が違います。

あとコミューンの追っ手である男達がぐるっと変わってます。Aは「不動産会社の先輩と後輩」みたいな衣装と縦の関係を強調しました。Bは「ヒッピーっぽさ」を全面に出して、衣装もラフに横の関係を強調。ひらたく言えば「同性愛」も許容され「全員が家族であり、恋人であり、お友達」を掲げるコミューンを全面に出したつもりです。ビーサンで高級レストラン行く謎の金持ちっているじゃないですか。ああいう少し浮世離れした雰囲気です。

蛇足ですが、Bにおける男1と男2は「お友達」です。やがて来る「死」に対しての接し方がAだと縦社会的な事務的な殺人。Bだとどこか情緒的な興奮のある殺人。そこら辺のニュアンスが違います。酒巻&中川コンビの演技を見ててインスパイアされて、隠しながら見守ってったニュアンスなので、本人たちには伝えてません。伝えると壊れてしまうような気もしたので。」

「ラストの後半のバトルは、毎回演出席から「本気で殺せ」ってずっと心で叫んでた。本気でやってない日は本気で役者に叱ったし(笑)この気持ち、お客さんにも伝わってるよね?人が舞台に向かって「本気で殺せ」って叫びたくなる焦燥感が欲しい。特にBバージョンのマジバウトは目を見張るものが。男1が戸部を乗せて上がる瞬間が凄い。」

「余韻の話をAのときもしましたが、それを活かすため結子と同じように、結雄はこの次や他の短編には一切出ていない理由もそこにあります。我ながらkキャストの贅沢な使い方をさせて戴いてるなあ。と恐縮しております。」




■ミスチルを完全否定したい訳ではないけど、ミスチルって面白いよねって言えない世界が恐い。(『90%VIRGIN』解説)

「世代的な問題でミスチルにリアリティが持てなかった方はしょうがないんですけど、これはもう劇中で「ミスチル」って存在がメタファーに近いくらい、弄ばれてるんですよね。(「ミスチルの人」「ミスチルはもう沢山!正直過ぎる!」etc.)悲しいかな、ぼくもいつまでも若者ではないので世代的にも一個上に位置してるし(世代的には教師と同じ世代)だから父性的なもののメタファーでも一向に構いません。ミスチル好きでも全然いいんですよ、僕も完全否定するほど憎んでないし。ただ「音楽好きならミスチル好き」って「野球好きなら巨人好き」みたいな視点と、音楽雑誌とか「ロックっす」ってメディアが「ミスチルをロックじゃないと言わないのはロックじゃない」みたいな頭でっかちな擁護をしてるのが、本当に気持ち悪いなって思ってて。「ロック(笑)」って感じなんだけど。『Tomorrow never knows』のあのちゃちいオルゴールみたいなイントロ鳴ったら爆笑して死にそうになるじゃん。今回も女子高生の仲直りするクライマックスにわざと流してるんだけど、もうなんていうかそこで「笑い」が起きてると嬉しくなるよね。頭でっかちじゃなくてさ、もう直感でウケるって。みなさんもどんな映像にも『Tomorrow never knows』を上からかけて見てみてください。凄いから。まあ、ミスチルファンの男の子から戴いた「悔しいけど笑っちゃいます」という証言が一番正しくて嬉しいです。」

「あとDJミミコンのラジオの前振りで述べる
Hello Hello!This is a pen! こんばんは、DJミミコンです。歯ぎしりするような夜を送っているシックスティーン、明日が不安でなかなか寝付けないパパやママ、夜の街を宇宙飛行するタクシードライバーたち、今夜もDJミミコンが送るロックナンバーでなんとか夜を乗り切ってくれ、困ったことがあったらThis is a pen!ペンを取り、愛を書き殴って送って欲しい。今夜も愛を!愛を!愛を!

のくだりは全部、辻仁成のオールナイトニッポンを下敷きに書き換えてます。いや、とにかくね。かっこいいのよ。一周してとかじゃなくて。みんな辻仁成とか原田宗典とか判り易くて叩き易い人を叩くじゃん。俺から言わせれば辻仁成を笑うな、って言いたい。芥川賞穫ってミポリンと結婚してパリ在住って、その時点で勝ち組過ぎだっつーの。」

「この女子高生三人組のナンセンス&ハイテンポな会話は好評でありがたい限りです。以前やってた劇団では、こういう会話ばかり書いてましたから(笑)武器ではありますけど。まあ時代性を含め、これはいろいろなものを遡ってノー天気に突き放して書いてますね。はっきり言って主人公の真弓が抱えてる問題は僕にとって「いま」リアルな問題じゃないし。それはもう大昔の話だから誇張できるし残酷にも茶番に出来るし、あとは架空の青春ですよね。だからラストシーンの大人のみっともなさや、充のあの突き飛ばすようなオチもバランス取る為に絶対必要なんです。楽しかった茶番とリアルの繋ぐミッシングリングが充の「ダセーんだよ」なんだと思います。やっぱあそこも大人が子供を徹底的に殴られないとダメなんですよ。強いて言うなら、あのラストがぼくにとっての「いま」。」





■左とか右とか全部無し。「戦争」を扱いながらもイデオロギーとかがない新しい会話劇。(『戦争に行って来た』解説)


「これはぼくの好きなお洋服屋さんで飾ってたTシャツに『WENT WAR』って書いてあった気がして、へーかっこいいなって買ったら全然違った。錯覚だった(笑)まあ、勝手に訳したら「戦争に行って来た」って字面が天命だと思って、採用しました。

イラクの人質になって来た三人組がすごい面白くて。03年くらいのときにこいつら最高だなって喰い入るよう映像集めて。その後『バッシング』っていう、彼らをモデルにしてる映画が出たんだけど、彼らを被害者一辺倒で描いてて「全然違うだろ」って感触が。面白かったのはそこじゃねえ、と痛感しまして。彼らが最高だったのはまず「キャラが立ちすぎ」「動機が不純過ぎ」「家族達の政治色が胡散臭過ぎ」の3点盛りがテレビを通して、お茶の間に溢れちゃったんだよねえ。しょせん、戦地行くようなのってこんな奴らじゃんって化けの皮の剥がされ方があまりにもコントで。しかもその後、懲りずに自分探しで行って殺されちゃった青年は、しょうもない分お悔やみ申し上げますなんだけど、彼ら三人組はほぼ無傷だからね。自作自演説が流れるくらい、謎がエヴァンゲリオン並にあって(笑)なんつーかこの因果応報のブレ具合が半端無くてさ。反戦団体の人たちもそれで御飯食べてるひとたち、たくさん居る訳じゃん。だから、思想も大事なんだけど生活や欲も大事だよねって視点で書きました。

「(劇中の)こいつら、実はこれだけで食べれてなくて。結構カツカツでやってるよね」って話を俳優三人で勝手に膨らましてて、そうそうそう、それジャスト。そういうリアル感がいいよーって身震いした。平日働いて、土日は反戦みたいなさ。そういうリアルがいい。だからこの短編は戦争をモチーフにしながらも、遊んだり面白がる部分が生活に根ざしている為に、イデオロギーに全ッ然支配されてない。古臭い正義も、大袈裟な人間愛も、またまた安い偽悪もここにはなくて、いま現実がどうリアルかって場所に着地してる。これは明らかに新しいですよ。」

「ファミレスの窓1枚向こうで仲間がヤクザにボコられている、暴力。窓1枚隔てたこっちは、非戦闘地域。ファインダー1枚向こうを撮った写真はどんなに悲惨でも全部、嘘。嘘だから、本当が伝わる。そういうレトリックを散りばめながら、登場人物と観客が一体になって「考える」。この「考える」って作業が面白さに繋がり、アンケートでも1位を争う程の人気作になったと思ってます。最近無いでしょ?考える演劇って。でも考えることって、本来楽しいものだからさ。答えとか置いておいて考える。感じることより、考えることの方が重要だよ。感じるってことは前提だから、それを売りにしないで欲しい。「感じればいい」ってのは思考停止の為のダサイ言い訳に過ぎない。

話戻すと、イデオロギーの為のプロパガンダの演劇なんてキッツイじゃん。それは特攻モノの右なのでも、反戦反戦って左なのでもいいけど、とりあえず00年代において、全部キツいじゃん。演劇なのにあえて「言葉で、もうひとつ別の世界を示唆してる」とライターの方に指摘されて、それはすごい核心だなって感心してるんですけど。ええと、演劇だからシーンとか区切って「もう一個別の世界(戦争)をやって行ったり来たり」とかベタにしたら、それはちょっと上記のようなキツい演劇の類いの仲間入りだと僕は思ってるので。戦争を語るのに戦争を知らない人間が、戦争してるシーンを挿入したらそれは、絶対に嘘になる。ぼくが書きたい「戦争」は「戦争」そのものなんかどーでもよくて、こっち側から見える「戦争」へのリアクションな訳だから。現実のこっち側オンリーの視点から、ちゃんとあっち側を描かないと。それが一番誠実な気がする。日本の東京から見た戦争。」



>>セルフライナーノーツ<Aバージョン>
■何故"きみは死んでいる"のか?(『きみは死んでいる』解説)
■mixiとかblogとか全盛の時代に「あなたの日記、最高に「糞」だなって話で盛り上がってたんですよ」って言われる「痛さ」
■『×』=エクスタシー(『×』解説)
■本当は誰に『穴』が空いていたのか?(『変な穴』解説)



>>OUTRO企画 TOP(テキスト・感想・批評・写真etc...公演後も充実しております)
→『きみは死んでいる/その他短編』公演情報TOP →http://www.mu-web.net/

■本公演はCSTV「theatre plateaux(テアトルプラトー)」で放送決定。見逃した方はそちらをお楽しみに。
■短編集の戯曲(台本)を近日発売予定。併せて上演を希望される団体(劇団、学生問わず)はお気軽にお問い合わせ下さい。
2007.09.03 Monday

セルフライナーノーツ

『きみは死んでいる/その他短編(Aバージョン)』
セルフライナーノーツ

all text hasegawaayumu photo:ishizawa chieko(リンクフリー・禁無断転載)




■何故"きみは死んでいる"のか?(『きみは死んでいる』解説)


キーワード「天国」「引力」「愛してる」「痛い」「死」

「人間って馬鹿じゃん。すごい馬鹿で。たぶん、死んでからああすれば良かったって思うこと、沢山あると思うんですよ。死んでから本当のことに気づくように。だから二ノ宮が「死んでいる」のはギリギリの余白みたいな人生や、プレッシャーとしてタイムリミットを設けたかった。1回死んでるからこそ、本当の死が判るし、いつまた死ぬかわからないっていう二重底になってる。普通に生きてたときは死んだ理由が判るじゃないですか。二ノ宮はリンチにあって死んだ、って発言してるし。でもいまゾンビみたく「生きている理由」が判らない二ノ宮は、つぎいつ「どうやったら死ぬか」って理由が判らない。だから、彼は戸部に執拗なまでに「動いてる理由」を求める。現実で、人生を迷ってる最中の人間が「本当に大事なこと」に気づくのって、あんまりないと思ってるから。そういう二重底にすることで、逆説的に戸部にも「本当のこと」を気づかせる装置になってる。」


■mixiとかblogとか全盛の時代に「あなたの日記、最高に「糞」だなって話で盛り上がってたんですよ」って言われる「痛さ」

「オープニングで知らない男達が人の家に入り込んでて、mixiとかblogとか全盛の時代に「あなたの日記、最高に「糞」だなって話で盛り上がってたんですよ」って言われる。まさにその現代のいわゆる誰しもに通じる「痛さ」ってのもちゃんと入れてるし、笑えるようにしてるんだけど。同性から見るとあんまり笑えない痛さってのがあるみたいで、それは成功なんじゃないでしょうか。

書いてて最初気づかなかったんだけど、この物語は冒頭、戸部が結子に「愛してる」って電話口で言い、二ノ宮も戸部に「まだ愛してる」と伝える。みんながみんなに「愛してる」っていうんだけど、誰一人信じてくれない悲しい世界なんだよね。だから戸部が人を殺してまで叫ぶ瞬間、振り切れて「欲望丸出して愛してるとか、ただの念仏のくせに引力とか天国だとか馬鹿じゃねーの」と全てを否定して叫んだあと、彼は「友人を天国に行かせてあげようと死体の口の端を曲げる」んです。そのあと自殺を止めようと電話越しに「愛してるってゆってんじゃん!」って叫ぶんです。そこには揺れと矛盾がすごいある。その矛盾すら引っ括めて「本当」なんだと僕は思います。それで目の前でどんどん人が死んで行く死がありつつも、最後に戸部はまた「愛してる、本当なんだよ」って結子の自殺を止めようと伝える。寸前まで、二ノ宮を天国にいかそうとしていた訳だし、それが「本当の愛」かどうかは戸部すら判ってないと思うんです。でも言わなきゃいけない。目の前でこれ以上人が死んで行って欲しくない、それは全然冒頭と響きが違う。それが「本当」に聴こえたかどうかは、お客さんの感じ方次第でいいと思います。それが余韻であればいいな、と。

僕はその日の演技の度に毎回感想が違いましたけど。そういう自由度も含めていいなって。ああ、今日は結子は助かるな、とか。ああ、今日は結子飛び降りちゃうな、とか、いろんな感想がお持ちかも知れませんが、ぼくはその「本当」が「本当」に聴こえた日だけ、結子は助かる気がしました。」

「ラスト、男1はA、Bともにうつ伏せに倒れてるので表情は読めないのですが、天国に行けたと思いますか?男1が本当に天国を信じていたかって話。信じているべき役がどこか猜疑心と隣り合わせって生々しさが男1の魅力だと思います。だから最後の言葉が「天国マジあった」と二ノ宮の天国に驚いてるのか、喜んでるのか判らない。」


■「天国」と「引力」について

「気づいてた人は完全に気づいてただろうけど『ジョジョの奇妙な冒険』第6部から、完全インスパイアされてます。個人的にインスパイアはパクリではなくてアンサーであるべきだと思ってるので、「天国」「引力」というキーワードは拝借してますが、ぼくの世界に落とし込んでいます。特に「チャンネルを合わせる」という作業は完璧オリジナルですから。こういう一見、ファンタジックだけど現実で使われている言葉をどう劇中の生活に混ぜるかを考慮しました。いい意味で「ん?」って違和感になればいいなって位置から挿入してます。それが後半「死にたくなった?死にたくなったら言ってよ、天国にいかせてあげるから」ってセリフに着地して来る瞬間。客席の自分に言われた気がしてドキッとするでしょ。」

「短編集だから、とか。小劇場・演劇だから、とか。そういう括りで、ちまちま半径5メートルの安い恋愛の話ばかりしてるのをぶっ壊したくて。同じ恋愛を扱っても、絶対スケールの大きなものにしようと目論んでました。そしてそれが短編ってことでうまく未知なブラックボックスで描かない部分として想像力を刺激すればいいな、とも思ってました。コミューンの背景とかあれ以上書いたらやりすぎな気がするんですよね。あと戸部が男を刺した後、逃げるんですけど、カメラ(視点)があそこで彼らにパンしたら、それは三流、いや5流8流のテレビドラマだなって思って、絶対しない。あのあと交通事故に遭うって切り返しも、全ては起承転結をどう刻んで客の予想を裏切り、ストーリーの期待に答えるかで計算してます。突然?でも「死」ってそういうもんじゃんってのも計算して折込んでる。」

「暴力に対して「すげー無力で、すげー嘘で、これが現実」と『戦争に行って来た』で五味の言う世界が『きみは死んでいる』なのかなって気がしてます。ファミレスの窓の向こうの世界。どんどん常識からズレて人が死んで行き、愛が伝わらなず誰にも信用してくれない、無力で悲しい世界。」




■『×』=エクスタシー(『×』解説)


「『×』は「罰(ばつ)」か「罰(ばち)」って両方の読み方で哲子と武田がもめているシーンがあるんですけど、結果的にそれらを贖罪として生きてるうちに「×」=エクスタシーになっちゃってる人を描きたかった。海外でクラブとかで食べるエクスタシーってドラッグの通称が『×(バツ)』なので、それとかけてます。野田英樹先生このネタ褒めてくれないかなー(笑)とか密かに思ってます。

設定だけ見たら、谷崎潤一郎を彷彿させるような倒錯の世界なんですが、そこはあくまで根底にしつつライトに。洗濯機とか回ってるのを眺めてるのが、僕は好きなんですが、ああいうぐるぐる回ってる感じで「河」と「小屋」と中心に「河にいそうな人々」を(実は機械的に1ページずつで)ぐるぐる回しています。配役だけみると、作者の「河にいそうな人々」はどんだけマッドなんだって感じですが。すっごいディープな吉本新喜劇みたいな温度がいいなって思ってました。」

「『嫌われ松子の一生』を映画で見た時、結局行き当たりばったりの馬鹿女にしか見えず全然面白いと思えなかったんです。んー、あいつが何と戦ってたのか判らないし、反省もないから愛着も感情移入ももてなかった。松子が結果カタルシスを得る「妹が許す/許されない」っていう謝罪の軸が描写不足で適当過ぎた。だから、哲子はそれに対抗して産まれたキャラでもあります。彼女は原罪が判ってて、謝罪の仕方が判らないってぬるさと、自覚のある地獄具合がリアルでいいなって。ぶっちゃけ「あたし劇団を一個ブッ潰してんのね」って掴み、いまの小劇場であるか?ないよね?どんな掴みだよって話だけど、こんな個人的だけどディープな悩み絶対関わりたくないもん(笑)乞食の康夫が「謝罪の仕方が判らないなら、祈れ!」って服を脱ぐシーンが好きです。本当、せめて祈るくらいしろよって感じ。どーせ無料だし、それくらいいいだろ。やってくれよって感じ。」

「アンケートで<気になったキーワード>で「人を助けに行った」って回答があって、理由が「助けに行ってて欲しいから」と記入あり、ちゃんと届いてるなーと実感。そう、余韻度でいえば『×』のラストは最高で、哲子の「どっちだと思う?」って客席に思いっきり投げかけて終わる。短編の醍醐味だよね。佐々木なふみ演じる哲子は、このとき凄い目をしていて、切ない表情で、ぼくは恋に落ちそうでほんとに頭がおかしくなりそうになる。」




■本当は誰に『穴』が空いていたのか?(『変な穴』解説)


「初演のでは金持ちに圧倒的に穴が空いていて、彼が巻き込む典型的なパニック症候群手前なワンシュチエーションコメディだったんだけど。今回セルフリメイクに当たって、ドレイの中心を中年層に変えたキャスティングで繰り返しやっているうちに、前と同じ方向で「笑い」を中心にやるのは止めようと思ってきました。まあ「笑い」は欲しいんだけど、中年から滲み出る「悲哀」に焦点を当てたいなと(笑)

まあ、以前は感情移入が一切出来なかった金持ちの役も、小松くんが演じることにより人間味がまだある。なんていうのかな、「穴が空いていると思い込んでる」方がより違う意味で危ないなって。本当に穴が空いているのは山内な気がしてなりません。中年でドレイで飯喰いつつも、コンビニのバイトの女子高生に惚れてる(笑)ある意味、彼が主人公って目線も多いにあり得る。」

「心の「穴」ってのはキャッチーなワードなのか(まあ狙ってるんですけど)、アンケートでも1、2位を争う届き方をしてました。脚本も耐久力が産まれて来てよかったです。どなたかやりたい劇団ありましたら連絡下さい(本気)。本編30分だからさあ、高校生とか高校演劇のコンクールでやって欲しいよね。高校生が学校サボって、棒でボコボコに殴られて金もらってるシーンみたいよね〜。そんで審査員の坂手洋二さんとかがどんな顔するか見たい(笑)。全国のドレイ志望の高校生のみんな、よろしく!」

「最近、お酒の席でもSとかMとか二元論で語りたがる輩が増えて本当困ってるのですが、もっと曖昧で「信頼」というラインが小松から自然と出て来たラストは好きです。彼はたぶんまた、偽名と整形を駆使してドレイチームを作るでしょう。それはきっとあなたの街にあるかも知れませんね。(ってどんな締めだよ)」


>>セルフライナーノーツ<Bバージョン>
■再び『きみは死んでいる』ことについて。(『きみは死んでいる(女×女)』解説)
■ミスチルを完全否定したい訳ではないけど、ミスチルって面白いよねって言えない世界が恐い。(『90%VIRGIN』解説)
■左とか右とか全部無し。「戦争」を扱いながらもイデオロギーとかがない新しい会話劇。(『戦争に行って来た』解説)



>>OUTRO企画 TOP(テキスト・感想・批評・写真etc...公演後も充実しております)
→『きみは死んでいる/その他短編』公演情報TOP →http://www.mu-web.net/

■本公演はCSTV「theatre plateaux(テアトルプラトー)」で放送決定。見逃した方はそちらをお楽しみに。
■短編集の戯曲(台本)を近日発売予定。併せて上演を希望される団体(劇団、学生問わず)はお気軽にお問い合わせ下さい。
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